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第5話「二人旅」

Penulis: 白浪まだら
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-13 17:53:01

 森の奥は昼にも関わらず暗く、頭上の枝葉が厚く茂っていた。

 陽光はほとんど遮られ、差し込むわずかな光の筋が、細かなちりや羽虫をきらめかせている。

 鳥のさえずりも少なく、代わりに湿った土を踏む二人の足音と、絶え間なく続く口論がやけに響いていた。

「だから言ったでしょう! あの川は東に曲がり始めていたって!」

「いいや、あれは確かに北の方向に伸びていたね。太陽の位置を見れば、簡単にわかるだろ」

「あなたの感覚ほど信用ならないものはないわ! 気まぐれな森は私たちをだますことだってあるのよ!」

 二人は言い合いをしながらも、その歩みを止めることはしない。

 先を急ぎたい気持ちは共に同じだった。

 フィオラは鋭い眼差しで獣道をにらみ、落ち葉に埋もれたわずかな踏み跡を読み取る。

 文句は言いつつも、道を知らないセリュオスは彼女の背を見守るように一歩下がって歩いていた。

 腰にかけた剣が揺れるたび、金具が小さく音を立てる。

 やがて、木々の間に小川が現れた。

 流れをまたぐように丸太の橋が一本だけ掛かっている。

 長い年月を経てこけに覆われ、黒ずんだ木材は湿気で膨れ、踏めばみしりと嫌な音がした。

「ここを渡らなければいけないみたい。危なっかしいわね……」

 そうつぶやくや否や、フィオラは迷わず橋へ足を踏み出した。

 軽やかな足取りで、まるで自分のほうが正しいと証明するかのように前へ進んでいく。

 だが、橋の中央に差し掛かったとき、木の表面に生えた苔で靴を滑らせたのか、彼女の身体が宙に浮いた。

「きゃっ――!」

 細い身体が横へ傾き、水面が眼前に迫っていた。

 その瞬間、力強い手が彼女の腕をがっしりとつかんだ。

「危ない!」

 セリュオスの声がフィオラの耳を打った。

 丸太の端で踏ん張ったセリュオスは、全身で彼女を引き寄せる。

 ギリギリのところで体勢を立て直したフィオラは荒く息を吐いた。

「……っ、もう離してよ!」

 勢いよく腕が振り払われた。

 だが、掴まれていた腕はまだ微かに震えているように見えた。

「無理するなよ。フィオラに怪我されてしまうと俺が困る」

「……余計なお世話よ!」

 フィオラは口で突き放しているが、その耳の先まで赤くなっているのをセリュオスは見逃さなかった。

 森を抜ける頃には、空は茜色に染まりつつあった。

 夕暮れの風はやや肌寒く、背の高い草木の間から虫の奏でる音楽が響いていた。

 二人は山道にひとまず荷を置き、腰を下ろした。

 その時、フィオラの荷物が傾き、中から小さな布飾りが転がり落ちた。

 草の上に舞い落ちたそれを、セリュオスが拾い上げる。

 手のひらに収まる布きれには、拙いながらも丁寧な刺繍ししゅうが施されていた。

 ほつれた糸の一本一本に、持ち主の想いが宿っているかのようだ。

「これは……?」

 セリュオスが問いかけると、フィオラは目を伏せて小さく息をついた。

「返して。これは……イヴェリナがくれたのよ。いつも私の背中を追いかけてきた、妹みたいな子」

「大事なものということだな」

 セリュオスは飾りを両手で包み込むように持ち、汚さぬようそっと差し出した。

 その仕草には不器用な気遣いがにじんでいた。

「当然よ。私が、あの子たちを守らなければならなかったのに……!」

「それなら、必ず取り返さなければならないな……。俺もリオネルディアの村人たちが奪われたとしたら、同じ気持ちだっただろう」

 言葉に込められた響きはまっすぐで、セリュオスの瞳は優しくフィオラを捉えていた。

 フィオラはほんの一瞬、セリュオスの眼差しを見たが、すぐに顔を背けて布飾りを握り締めた。

「……あなたに言われなくても、わかってるわ。ほら、町はすぐそこよ」

 吐き捨てるような言葉ではあったが、彼女の声には苛立ちと共にわずかな安堵も滲んでいるような気がした。

 二人は立ち上がり、山道を登っていくと、空気がぐっと冷え込んできた。

 松の間を抜ける風が衣を揺らし、遠くで岩肌を削りそうなほどの滝の轟音ごうおんが響いている。

 そして、山の稜線りょうせんを越えた瞬間、二人の視界は大きく開けた。

 眼下に広がる谷の奥、赤茶けた岩を積み上げた堅牢けんろうな街並みが現れる。

 炉の火をく煙突からは白い煙がゆらめき、岩壁に穿うがたれた家々の窓からは赤い光が漏れていた。

「……ドワーフの町ね」

 フィオラが低く呟いた。

 彼女は腕を組んで街を見下ろし、少しだけ口元を引き結んでいる。

 そこは切り立った岩山の麓に寄り添うように築かれた石造りの町だった。

 大地を削り、積み上げられた灰色の石壁、屋根には赤茶の瓦。

 煙突からは黒々とした煙が絶え間なく立ち上り、金属を打ち鳴らす音が風に混じって響いてくる。

「ここが、ドワーフの町……」

 セリュオスは思わず息をんだ。

 田舎の集落しか知らないセリュオスにとって、その景色は新鮮そのものだった。

「……やっぱり、好きになれない」

 一方で、隣に立つフィオラは眉を寄せていた。

 ぽつりと漏れた呟きに、セリュオスが横目でフィオラを見やる。

「何がだ?」

「この空気。土と煙と……すす。どうしてあんなに好んで汚れるのか、全く理解できないわ」

 フィオラは険しい顔のまま、町を遠目ににらんでいる。

 風に乗って漂ってくる鉄の焦げるような匂いのことを言っているのだろう。

 似たような匂いを嗅いだことのあるセリュオスはむしろ少し懐かしいなと思いながら、ふっと笑みを浮かべた。

「まあ、エルフにとってはそうかもしれないな。でも……あの鉄があって、あの煙があって、俺たちの剣や鎧が生まれることになるんだろう?」

 その言葉に、フィオラは口をつぐんだ。

 町の入口へと続く石畳の道を下りながら、彼女は周囲を気にして終始落ち着かない様子だった。

 道端で遊んでいたドワーフの子どもたちが、珍しい訪問者に目を丸くして見つめてくるのだ。

 その視線に気づいたフィオラは、僅かに肩をすくめ、耳を隠すように髪を下ろした。

 セリュオスはそんな彼女の仕草を見て、何でもない風を装って言う。

「大丈夫だ。お前を傷つけようなんて思ってるやつはいないさ」

「……ドワーフが悪い種族じゃないのはわかってるわよ。でも……この視線が落ち着かないのよ」

 小さく吐き出された本音に、セリュオスは一歩だけ彼女に寄り添い、そのまま歩調を合わせることにした。

 打ち鳴らされる鉄槌てっついの響きがだんだんと大きくなっていく。

 露店には打ち出された剣や斧、飾り気のない金属細工が並び、屈強なドワーフたちが豪快に笑い合いながら客を呼び込んでいる。

 フィオラはそんな光景に目を奪われつつも、胸の奥にはどうしようもない居心地の悪さを感じているようだった。

 まず二人が足を向けたのは、武具屋だった。

 店の奥からは鉄槌の音と共に赤々とした炉の熱気が漂ってくる。

 並べられた剣や斧は重厚で実用的、装飾よりも頑丈さを優先した造りだ。

 セリュオスは一本の剣を手に取り、目を細めた。

「すごい……。まるで鍛え方が違うな。これなら何十年戦っても壊れないかもしれない」

「……重そう。私用の弓矢か短剣は、売ってなさそうね……」

 そっけなく言いながらも、フィオラは棚の奥に飾られた短剣を見つめていた。

 柄に細工された模様は意外にも繊細で、森の草花を思わせる。

 そんな自分の視線に気づかれるのが恥ずかしかったのか、彼女はすぐに顔を背けてしまった。

 店を出ると、今度は市場をのぞくことにした。

 酒樽さかだるや干し肉、宝石細工が並び、威勢のいい声が飛び交っている。

 しかしその活気の裏には、どこか影が差していた。

 値札を見ながら客同士が小声で交わす。

「鉱山さえ取り戻せりゃもっと安くなるのにな……」

「魔王軍め、俺たちの誇りを奪いやがって……」

 耳に入るそんな声に、セリュオスは無意識に拳を握りしめた。

 フィオラも横目で見て小さく呟く。

「こんなところでも魔王軍の被害が出ているのね……。奪われて、嘆いて……」

「でも、俺たちはそれを取り返すために戦おうとしている。大事なのはそこじゃないのか?」

「……あなた、本当に前向きね」

 皮肉を込めたように言われたような気がしたセリュオスは肩をすくめることしかできなかった。

「水、いるか?」

 セリュオスが買った水筒を差し出すと、フィオラは驚いたような顔をしてから、そっぽを向いて受け取った。

「……ありがと」

「なんだよ、その言い方」

「別にいいでしょう。ちゃんと感謝を伝えたんだから」

「まあ、それもそうか。むしろ、初めて感謝されたことを喜ぶべきだったか」

 セリュオスは彼女の頬が赤らんでいたように見えたが、気づかないフリをして笑うことしかできない。

 やがて夜がやって来ると、二人はすでに騒がしくなっている酒場の扉をくぐることにしたのだった――。

白浪まだら

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